非上場企業の株価算定|マルチプル法とバックソルブ法(マーケットアプローチ)を公認会計士が解説

スタートアップのための株価算定コラム第4回をご覧頂き、有難うございます。

スタートアップ企業の株価算定では、DCF法と並びマーケットアプローチが重要な評価手法となります。

マーケットアプローチは、類似する上場企業の評価倍率や実際の投資取引価格を参考に企業価値を算定する方法です。

特にスタートアップ企業では、

  • VCからの資金調達
  • ストックオプション発行
  • IPO準備
  • M&A

といった資本政策イベントが頻繁に発生するため、市場価格との整合性を確認する評価手法としてマーケットアプローチが用いられます。

株価算定シリーズ第3回では、インカムアプローチの代表的手法であるDCF法について解説しました。

本記事では、マーケットアプローチの代表的手法である

  • マルチプル法(類似会社比較法)
  • バックソルブ法(Backsolve Method)

について、実務での利用場面を含めて解説します。


目次
  1. 結論まとめ(先に知りたい方へ)
  2. マーケットアプローチとは|非上場企業の株価算定方法
  3. マルチプル法(類似会社比較法)とは|非上場企業の株価算定・企業価値評価
  4. マルチプル法とDCF法の違い|株価算定手法の比較
  5. 株価算定で使用される主なマルチプル(PER・EV/EBITDA・PSR)
    1. PER(株価収益率)
    2. EV/EBITDA倍率
    3. PSR(売上倍率)
  6. マルチプル法における類似会社(Comparable)の選定
  7. マルチプルに使用する利益・EBITDAはいつの数値か
    1. ①直近実績(LTM)
    2. ②予想利益(Forward)
    3. ③複数年平均
  8. マルチプル法のメリット・デメリット
    1. マルチプル法のメリット
    2. マルチプル法のデメリット
  9. マルチプル法が実務で使用されるケース
    1. IPO準備企業
    2. M&A評価
  10. バックソルブ法(Backsolve Method)とは|スタートアップ株価算定
    1. バックソルブ法とは
    2. OPM(Option Pricing Method)
  11. バックソルブ法はなぜ使われるのか
  12. バックソルブ法のメリット・デメリット
    1. バックソルブ法のメリット
    2. バックソルブ法のデメリット
  13. バックソルブ法が実務で使用されるケース
    1. ストックオプション発行時
  14. DCF法とマーケットアプローチの関係
  15. スタートアップ企業の株価算定に関するよくある質問(マルチプル法・バックソルブ法)
    1. Q1 ストックオプション発行を計画していますが第三者株価算定書は必要ですか?
    2. Q2 優先株式での増資発行を検討しています。優先株式株価算定は可能ですか?
    3. Q3 どの算定方法を使用するかは自社で決定するのですか?
  16. 非上場企業の株価算定・企業価値評価は専門家への相談が重要
    1. スタートアップ企業の株価算定を適切に実施しないリスク
    2. Gemstone石割公認会計士事務所が選ばれる理由
    3. 30分無料相談を実施しています
  17. スタートアップの株価算定入門シリーズコラムのご案内

結論まとめ(先に知りたい方へ)

マーケットアプローチとは、市場取引価格を参考に企業価値を算定する方法である


代表的手法として「マルチプル法」と「バックソルブ法」がある


マルチプル法はIPO直前企業やM&A評価で使用される


バックソルブ法はVC投資直後の評価で使用される


マーケットアプローチとは|非上場企業の株価算定方法

マーケットアプローチとは、市場で成立している株価や投資取引価格を参考に企業価値を算定する方法です。

企業価値評価は理論上、次の3つのアプローチに分類されます。

アプローチ考え方主な算定方法な算定方法
マーケットアプローチ市場価格を基準マルチプル法、バックソルブ法
インカムアプローチ将来収益力を基準DCF法
ネットアセットアプローチ純資産価値を基準純資産価額法

マーケットアプローチは

「市場価格は合理的な情報を反映している」

という考え方に基づく評価方法です。

実務ではマーケットアプローチ単独ではなく、DCF法と併用して評価レンジを確認する方法が一般的です。

株価算定における「インカム・マーケット・コスト」の3つのアプローチの違いについて詳しく知りたい方は、シリーズ第2回[非上場企業株価算定の3種類]もご覧ください。


マルチプル法(類似会社比較法)とは|非上場企業の株価算定・企業価値評価

マルチプル法は、類似する上場企業の評価倍率(マルチプル)を参考に企業価値を算定する方法です。

英語では

Comparable Company Analysis

とも呼ばれます。

算定の基本的な考え方は次の通りです。

企業価値
=類似会社の倍率 × 対象企業の財務指標

例えば

EV/EBITDA倍率 × EBITDA

マルチプル法とDCF法の違い|株価算定手法の比較

株価算定においてよく比較されるのが「マルチプル法」と「DCF法」です。
両者は同じ企業価値評価手法ですが、評価の考え方が大きく異なります。

マルチプル法は、類似する上場企業の評価倍率(PERやEV/EBITDA等)を基準に企業価値を算定する方法であり、市場価格をベースとした評価手法です。
一方、DCF法は将来のキャッシュフローを現在価値に割り引くことで企業価値を算定する方法であり、企業の将来収益力に基づく理論的な評価手法です。

マルチプル法の特徴は、市場で実際に成立している価格を反映できるため、客観性が高く説明しやすい点にあります。
ただし、類似会社の選定や市場環境の影響を受けるため、必ずしも対象企業の固有の成長性を十分に反映できるとは限りません。

一方、DCF法は事業計画に基づき企業固有の成長性を直接反映できる点が大きな特徴です。
ただし、成長率や割引率といった前提条件により評価結果が大きく変動するため、一定の主観が入りやすいという側面もあります。

実務では、DCF法で企業の本源的価値を算定し、マルチプル法で市場との整合性を確認するという使い分けが一般的です。

特にスタートアップ企業では将来成長を織り込む必要があるためDCF法が重視される一方で、IPO準備や資金調達の局面では市場評価との乖離を説明する必要があるため、マルチプル法の重要性も高まります。

株価算定で使用される主なマルチプル(PER・EV/EBITDA・PSR)

PER(株価収益率)

PERは最も一般的な株価倍率です。

PER
=株価 ÷ 当期純利益

利益水準が安定している企業で使用されます。

EV/EBITDA倍率

EVとは企業価値を意味します。

EV
=株式価値+純有利子負債(有利子負債−現金)+必要に応じて少数株主持分等

EBITDA
=営業利益+減価償却費・償却費

EBITDA倍率
=EV/EBITDA

で算定されます。

M&Aや企業価値評価で広く使用される倍率です。

PSR(売上倍率)

PSRは

PSR
=株式時価総額÷売上高
※企業価値(EV)ベースで算定する場合はEV/Revenueと表記されます。スタートアップの実務ではEVベースで用いられることもあります。

です。

利益が出ていないスタートアップ企業では売上倍率が使用されることがあります。

SaaS企業などのサブスクリプション型ビジネスにおいて、企業の価値が年間の定常収益の何倍かを測る指標として
EV / ARR(Annual Recurring Revenue:年間経常収益)
が利用されるケースもあります。

マルチプル法における類似会社(Comparable)の選定

マルチプル法で最も重要なのは類似会社の選定です。

一般的には次の観点から選定します。

・ビジネスモデル
・市場規模
・売上成長率
・利益水準
・地域

例えばSaaS企業の評価であれば、SaaS企業のみを比較対象とする必要があります。

類似性が低い企業を比較対象とすると、評価結果が大きく歪む可能性があります。

マルチプルに使用する利益・EBITDAはいつの数値か

マルチプル法で非常に多い質問が

「どの期間の利益を使用するのか」

という点です。

主な方法は次の3つです。

①直近実績(LTM)

LTM(Last Twelve Months)は直近12ヶ月の実績値です。

M&A評価ではLTMがよく使用されます。

②予想利益(Forward)

IPO準備企業では
予想利益
が使用される場合があります。

特にIPO評価では
IPO申請期利益
が重要な指標になります。

そのため
直近実績ではなくIPO申請期利益を基準に評価する
ケースもあります。

③複数年平均

景気変動の大きい業種では
複数年平均利益
を使用する場合があります。

マルチプル法のメリット・デメリット

マルチプル法のメリット

マルチプル法のメリットは次の通りです。

メリット

・市場評価を反映できる
・計算が比較的シンプル
・DCF法の検証として利用できる

マルチプル法のデメリット

一方で次のようなデメリットもあります。

デメリット

・類似会社選定が難しい
・市場環境の影響を受ける
・成長企業の価値を十分反映できない場合がある

マルチプル法が実務で使用されるケース

IPO準備企業

IPO準備企業では
DCF

マルチプル
の併用・折衷が利用される場合があります。

ただIPO直前でない企業ではマルチプル単独評価はあまり使用されません。
理由は
・利益が安定していない
・類似企業比較が難しい
ためです。

IPO申請期に近づくと
IPO申請期利益
を基準としてマルチプル評価が行われることがあります。

M&A評価

M&Aでは
DCF

EV/EBITDA倍率
が併用される事例が多いです。

単一の評価方法では価格交渉の妥当性を説明しにくいため
複数の評価方法を併用するケースが多くなります。

バックソルブ法(Backsolve Method)とは|スタートアップ株価算定

バックソルブ法とは

バックソルブ法では、直近の投資価格から企業価値(総価値)を逆算し、その優先株・普通株間の価値配分にOPM(Option Pricing Method)等のモデルを使用します。

スタートアップ企業ではVC投資などにより株式取引価格が存在する場合があります。

バックソルブ法では、その投資価格を基準として企業価値を算定します。

OPM(Option Pricing Method)

バックソルブ法ではOPM(Option Pricing Method)が使用されています。

OPMは
優先株・普通株・ストックオプション
の価値配分を算定するモデルです。

ブラックショールズモデルを応用した評価方法であり、スタートアップ企業の株価算定で広く使用されています。

バックソルブ法はなぜ使われるのか

バックソルブ法は、スタートアップ企業の株価算定において一般的に用いられる手法ですが、その背景には「理論値と実際の投資価格のギャップ」という問題があります。

DCF法やマルチプル法は、一定の前提に基づく理論的な企業価値を算定する手法です。
しかしスタートアップ企業では、事業計画の不確実性が高く、類似会社が存在しない、または少ないことも多いため、理論値と実際の投資価格が乖離するケースが少なくありません。

このような状況において、実際の取引価格を基準として企業価値を評価するために用いられるのがバックソルブ法です。

バックソルブ法では、VC等による直近の投資価格を前提に企業価値を逆算することで、実際の市場取引をベースとした評価を行います。

この手法が実務で重視される理由は、実際の投資価格に基づくため説明力が高いこと、株主・監査法人・証券会社との合意形成が図りやすいこと、そしてスタートアップ特有の不確実性を一定程度織り込める点にあります。

バックソルブ法のメリット・デメリット

バックソルブ法のメリット

バックソルブ法の大きなメリットは以下の点です。

恣意性が比較的少ない
※ただし、投資ラウンドの条件(優先株の清算優先権等)や交渉力の影響を受ける点には留意が必要です。

実際の投資価格を基準に評価するため、株主・監査法人・証券会社の理解を比較的得られやすい評価方法とされています。

バックソルブ法のデメリット

一方で次のような制約があります。

・資金調達直後でないと利用できない
・次回調達が行われると再算定が必要

スタートアップ企業では企業価値が短期間で大きく変化するため、調達から一定期間が経過すると評価根拠として弱くなる場合があります。

バックソルブ法が実務で使用されるケース

ストックオプション発行時

・ストックオプション発行時の権利行使価額決定

・税制適格ストックオプション発行時の株式報酬費用算定
(会計上の公正価値評価が必要な場合)

目的での株価算定時にバックソルブ法が利用される場合が多いです。

DCF法とマーケットアプローチの関係

実務ではまずDCF法による算定を検討する場合が多いです。

理由は
・将来収益力を直接反映できる
・理論的整合性が高い
ためです。

マーケットアプローチは
企業ステージが合致している場合の算定手法
DCF評価の妥当性を確認するための補完手法(併用法)
として利用されるケースが多いです。

スタートアップ企業の株価算定に関するよくある質問(マルチプル法・バックソルブ法)

Q1 ストックオプション発行を計画していますが第三者株価算定書は必要ですか?

A1 株主、監査法人、証券会社とご相談ください

発行される時期や権利行使価額の決定方法により必要性が変わります。

上場申請直前期・直前々期の発行時や、セーフハーバールールを利用した発行時には、算定機関作成の株価算定書を求められる場合が多いようです。

Q2 優先株式での増資発行を検討しています。優先株式株価算定は可能ですか?

A2 可能です

優先株式株価算定時にはインカム・アプローチやマーケット・アプローチでの株価算定に加えて、オプションプライシングモデルを使用した優先分配金額価値算定が必要になります。
優先株価算定については別の回でご説明します。

Q3 どの算定方法を使用するかは自社で決定するのですか?

A3 最終的には算定機関(公認会計士等)が決定します。

算定目的や企業のステージに基づき、最適な手法を選定します 。

非上場企業の株価算定・企業価値評価は専門家への相談が重要

スタートアップ企業の株価算定を適切に実施しないリスク

株価算定が不適切であった場合、単なる計算ミスでは済まない以下のリスクが生じます。

  • 上場スケジュールの遅延: 証券審査や監査法人レビューで否認され、資本政策のやり直し(過去に遡った修正)を余儀なくされる。
  • 信用の失墜: 既存株主やVCに対し、価格妥当性の説明責任を果たせなくなる。

などのリスクが生じる可能性があります。

そのためスタートアップ企業の株価算定では

  • スタートアップ特有の評価手法に対応できる専門家
  • 監査法人対応の実務経験がある専門家

を選定することが重要です。

Gemstone石割公認会計士事務所が選ばれる理由

・圧倒的な算定実績: 累計1000件超、直近2025年には年間139件の算定・評価業務を担当。IPO準備企業特有の複雑な資本政策にも精通した公認会計士が直接対応します。

・上場審査を見据えた品質: 2014年以降、累計30件超の新規IPOに関与 。監査法人レビューにも多数対応しており、算定を実施した案件についても公認会計士が責任をもって最後まで対応します。

・最新税制への完全対応: ストックオプションのセーフハーバールールなど、最新の税制改正を踏まえた最適なアドバイスが可能です 。

スタートアップのマルチプル法・バックソルブ法の活用には、高度な専門知識と、監査法人・証券会社が納得するロジックの構築が不可欠です。

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ご相談内容に応じて、次のような点を整理します

株価算定方法の選択に関する相談

第三者割当増資発行のための株価算定

行使価額設定のための株価算定

『まだ具体的なスケジュールが決まっていない』『概算費用だけ知りたい』といったご相談も大歓迎です。

初回30分は無料ですので、お気軽にお問い合わせください。

スタートアップの株価算定入門シリーズコラムのご案内

IPO準備企業向けに株価算定の理論・実務を体系的に解説しています。

1 非上場企業の株価算定とは何を意味するのか → こちら

2 非上場企業の株価算定の3種類 → こちら

3 スタートアップの株価算定におけるDCF法の実務 → こちら

4 マルチプル法とバックソルブ法 → 今回

5 ストックオプション発行目的の株価算定(リリース予定)

6 増資目的の株価算定(リリース予定)

7 M&A、株式売買目的の株価算定(リリース予定)

8 株価算定の必要書類、実務の流れ(リリース予定)

9 株価算定の依頼先と費用(リリース予定)

この記事を書いた人

長谷川好彦(公認会計士・社会保険労務士)

長谷川好彦(公認会計士・社会保険労務士)

非上場株式株価算定、ストックオプション評価・設計支援を専門とする公認会計士・社会保険労務士
公認会計士(日本公認会計士協会東京会 正会員)
社会保険労務士(東京都社会保険労務士会所属)

大学卒業後メガバンク勤務を経て、Gemstoneグループに入社。
株価算定およびストックオプション評価業務を中心に担当し、2025年には年間139件の算定・評価業務を担当。